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兵庫県明石市硯町 山陽西新町駅前 内科・消化器内科・糖尿病内科・呼吸器内科・外科・整形外科・ 消化器外科・肛門外科・リハビリテーション科・放射線科・麻酔科



院長あいさつ





みなさま、新しいふくやま病院へようこそ。
地方のちっぽけな病院が新しい建物に変わったというだけでなく、僕たちは新しい中小病院のかたちを提案したいと思っております。今までの建物が老朽化し建て直しを計画していく過程で、当院の立ち位置を模索しないといけないと思っておりました。

申すまでもなく日本全体の高齢化とかかりつけ医や在宅医療がさらに必要とされる現状、かたや医療の高度化で患者さんは、大きな病院に検査や手術を希望される現実があります。どちらも当然だとも思います。
中小病院はクリニックでもなく基幹病院でもない。どうしたら地域に必要とされる医療機関であり続けられるか、どうやったら地域に活かせてもらえるか、考え続けておりました。
新しいふくやま病院で始める、地域に開くまちライブラリー、患者さんご家族さんだけでなく地域にお住まいの方も趣味やボランティア活動を展開できるコミュニティルーム、実のなる樹から収穫を楽しめる「食べられる庭」。
これらは僕たちの新しい取り組みのスタートです。

病院は苦しいときに来るだけのところ、病気や怪我を治すだけの場所ではなく、気軽に訪れて情報を得たり発信したり、人とつながったりする場所、地域のプラットフォーム(基盤)のひとつになれるのではないかと思います。
だから、新しいふくやま病院のコンセプトは「また来てね、といえる病院」です。
そしてきっともっと素敵なこと、やるべきことが地域にあふれていると思います。
僕たちにそのヒントをいただけたり、一緒に活動できたらうれしく存じます。

ようこそふくやま病院へ。「また来てね、といえる病院」始まります。






僕が高校生のとき、譜久山病院は3期目の建て直しにより病床数がそれまでの約3倍になりました。
そのときまでは、病院を継ぐということはまったく考えていませんでしたが、建替えに伴い大きな借金をするため、父・譜久山當悦から「お前たちも巻き込むことになるけれど、いいか?」と尋ねられ、「いいよ」と答えてしまったんですね。弟・譜久山仁も同じ場で同じように答えました。そのとき僕は10代で、歴史好きの文系。地域活動というものはまったく考えていなかったのですね。

地域に関わっていくきっかけのひとつは、日本青年会議所(JC)でした。父が倒れ、譜久山病院に戻ることになったとき、知り合いの先生から「地元に帰って町医者をするならばJCに入ったほうがいい」と言われて。
当時はJCがよくわかっておらず、「農協ですか?」と尋ねたりして(笑)。
その先生自身もJCに入っていたのですが、家業を継ぐ2代目や3代目が、他業種と知り合って、お互い地域で協力し合うことはとても意味があるから、と。
実際に入ってみると、地域にこれだけおもしろい人や優秀な人がいるんだなあ、と目を見開かされる思いでしたね。すごくおもしろかった。なかでも一番学んだことは、「人は自分が思った通りに動かない」ということです。

物事を可視化できる前というのは、ポジティブな意見というのはとても弱いものなのですね。
どれだけ素晴らしいビジョンでも実現せずに消えていくところを、JCのなかでたくさん見てきたので、本気でやろうと思ったら、それだけの意志や説得、努力が必要だということを学びました。それは新しい病院をつくっていくうえで、ひとつひとつ、小さなところからかたちにして見せていこうと心がけたことにつながっています。


例えば1カ月に1回、僕が患者さんと診察で時間をともに過ごすとしても、それ以外の時間の方が圧倒的に多いわけですから、僕と話す以外の時間がその患者さんのほんとの人生ですよね。
例えば多量のお酒が身体に悪いとしても「お酒を飲んではダメです!」と患者さんを自分の思った通りに動かそうとすることは傲慢ではないかと思うのです。僕も、お酒を飲みますし(笑)。
だからこそ、僕は外来をいかにおもしろくできるかが大事だと思っています。
患者さんの笑いをとれた上で、ああ、お酒を減らした方がいいかなと思っていただけるとありがたい。
もちろん、真面目な話を茶化したりはしません。伝え方にもやはり気を遣います。
その場合も「自分の身内や親に対して悪いことを伝えなければいけないときに、その言葉で伝えられるかどうか」と考えれば、それほど難しいルールではないと思うのです。



大きな病院に在籍していた頃、現場の経験を積んで「自分はできる」と思い込んでいた時期がありました。その気持ちで小さな譜久山病院に戻ってきたら、自分ひとりでできることなんて高が知れていることに気付かされました。
できないことばかりを目の当たりにして反省したとき、でも同時に「これは譜久山病院がやらなければいけないのでは?」ということも、逆によく見えてきたのですね。
例えば、夜間の外傷は、外科系クリニックでも基幹病院でも受け入れてもらえず、どこに行ったらいいのかと路頭に迷ってしまっている患者さんがいらっしゃったりする。そういう患者さんを譜久山病院では受け入れなくては。

もう一つ話します。
当時、長野県の相澤病院にいらっしゃった夏井睦先生とたまたま知り合い「傷はよく洗い、傷口にあてる素材を変えるだけで劇的に治りが早くなる」というお話を聞き、それならみんなでその話を聞く会を企画しようということになったのです。近隣の民間病院やクリニックに「明石でこの治療を広めましょうよ」と声をかけて。
こうして、新しい施設として当時完成したばかりのデイケアで、夕方以降に集まって勉強会を開催するようになったのが10年前です。そのとき、自分の病院だけで情報を集めて内囲いするのではなく、思いっきり開放して、様々な情報を持った人たちが集まった方がおもしろいし、オープンシステムのほうが医療も成り立つはずだという学びがありました。しかも、これは難しいことではないんです。「自分たちのお金で呼んでいるのにもったいない」と思うか、「せっかくだから地域でこの情報を共有しよう」と思うか。そのどちらをとるかの覚悟だけです。

とにかく小難しい話はしない。そして、肩書きで人を呼ばない。笑いも大切。
「あの人の話がすごくおもしろくて、そのとき言われたことが今も役立っています」と言えて初めて知識の習得なんですね。だから、誰にでも理解できること。記憶に残ること。
そのためのおもしろさは、とても大切なものだと思っています。


延命治療を選ぶかどうかの判断をしなければならない場面で「よくわかりませんから先生におまかせします」と患者さんやご家族に言われることが多くあります。
その「よくわからない」部分を、ぜひコミュニティーホールで変えていけたらと思っているんです。
まだ自分事ではないうちに、いろんな患者さんやご家族のお話を聞いて「脳出血を起こしたらどうすればよいのか」「がんになったらどうしたらいいのか」ということを考える機会があるといい。
そしてそういう話ができるのは、実は医療従事者よりも当事者のみなさんだと思うのですね。
そんな思いからコミュニティーホールではがんサバイバーやご家族のみなさんにご協力いただくことになりました。



ふくやま病院のコミュニティホールは、来たいと思ったときに、誰もが来ることができる、おもしろい場所でありたいと思っています。院内のスタッフも「これがやりたい!」と言ってくれたら、僕はなんとか協力したい。
イメージは、地域のカルチャーセンターです。
ただし、自分が本当に好きなこと、やりたいことが中心のカルチャーセンター。
この場所で、どんどんチャレンジしてもらえたらいいなと思います。







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